共に生き、共に生かしあい、個性を活かす社会へ
~ノーマライゼーションを当たり前に~
1.はじめに
バリアフリーという言葉を日本語で言い換えると、障壁なしというそうです(国立国語研究所)。ノーマライゼーションという言葉は、日本語で言い換えにくいそうです。それは直訳してしまえば、本来の意味が伝わらないからだと思います。ノーマル(正常・普通)にするという意味でしょうが、何をかというと社会をなのですが、それが説明しにくいところです。ということで、私なりの解釈で書き進めて行きます。お気づきの点はご教示ください。
私がノーマライゼーションということに興味を持ったのは、福祉住環境コーディネーターという検定試験の勉強をした時からでした。福祉住環境コーディネーターというのは、東京商工会議所が実施している簿記と同じような検定試験です。年をとっても障害を持ったとしても、住み慣れた家、住み慣れた地域で、自分らしく暮らし続けたい、それに対応できるような住環境を整備するにはどうしたらよいのか、という課題に取り組むものです。少子高齢化が進むなか介護保険制度が導入されましたが、人間としての尊厳を重視した自立支援の在宅介護ということで、この考え方の中にもノーマライゼーションは生きています。
成年後見制度という言葉を聞いたか見たことがあります?ここにもノーマライゼーションの理念は生きているのです。新しい成年後見制度が2000年4月からスタートしましたが、これまでの民法では禁治産および準禁治産の制度がありましたが、問題点もありました。対象者がある程度重い精神上の障害のある方のみに限定され、保護の内容も画一的・硬直的だと言われていましたし、禁治産・準禁治産の宣告を受けると戸籍に記載されるため、制度の利用には抵抗を感じるものがありました。新しい成年後見制度では、「後見」「保佐」「補助」の法定後見制度と任意後見制度があります。「補助」の制度は、軽度の精神上の障害により、判断能力が不十分な方のために新設された制度で、本人の意思を尊重しながら、柔軟に対応できるように、本人の同意の下で特定の契約などの法律行為について「補助人」の支援を受けられます。また、任意後見制度というのは、判断能力がはっきりしているうちに、自分らしい老後のために本人が自分で、将来判断能力が衰えたときに備えて、予め自分を後見してくれる人(任意後見受任者)を決めておく仕組みです。障害を持ったとしても高齢になっても、その人の人格の尊厳は守られるべきだし、自己決定権を尊重し残存能力を活用し、地域や家庭で通常の生活ができる社会であるべきだというノーマライゼーションの理念によっても支えられています。
未成年者は父母の親権に服しますし(民法818条)、親権者は財産管理権と代理権を持っています(民法824条)。子供が未成年のうちに、親権者である父も母も死亡したときは、後見人が代わって養育にあたるとともに、法定代理人として後見を行います。これが未成年の後見です。成人であっても判断能力の不十分な人を後見する制度が成年後見制度です。今回の新しい成年後見制度は、「妻には行為能力がない」という規定が削除された50数年前の改正に次ぐ大きな見直しです。
ノーマライゼーションの理念は共に生きる社会、競争でなく共生の社会、より人間を尊重しあう強い世の中を築くための考え方だと、私は思っています。
2.ノーマライゼーションとは
ノーマライゼーションを語るには、「ノーマライゼーションの父」といわれるバンク-ミケルセンについてお話しておかなくてはなりません。花村春樹氏訳・著「ノーマリゼーションの父」N.E. バンク-ミケルセン、(株)ミネルヴァ書房発行等を参考にしながらお話します。(ノーマリゼーションともノーマライゼーションとも表記されますが、ノーマライゼーションで統一します。デンマークの方のお名前の表記は難しいようですが、ニルス・エリク・バンク-ミケルセンというお名前をバンクとミケルセンの中間のハイフンを略しバンクミケルセンで統一させてもらいます。)
バンクミケルセンは、デンマークがナチスドイツによって占領されたときレジスタンス活動(地下抵抗活動)をしていました。それによってナチスドイツに捕らえられ、強制収容所へ入れられました。戦後、職を探していたとき、社会省(厚生省)の知人に、法学修士を雇ってくれないかと問い合わせたことから、精神薄弱福祉課に勤務し施設行政を担当するようになりました。いくつもの施設を訪ねてみて、当時のデンマークの知的障害児者の処遇の実態に、深く心を痛められたそうです。都市から離れた所に造られ、閉鎖型の形態で、隔離的または保護主義の色彩のつよい処遇でした。なかには1,500床以上にもなる巨大施設もあり、どの施設も知的障害児者を極端なほど大勢、大人から子供までが一緒に詰め込まれていました。物理的な条件が粗悪なだけでなく、優生手術を実施するとか質的にも劣悪であったようです。
知的障害者とその家族への社会の対応の仕方について疑問を感じた親たちが協力し、改善していこうという願いの高まりの中、1951年から52年にかけて「知的障害者の親の会」が発足します。「やがて、入所者数を20人から30人までの小規模の施設にすること、そのような施設を両親や親戚が生活している地域に作ること、また自分たちの子どもに他の子どもたちと同じように教育を受ける機会を持たせたい、などの願いが次第に明確に打ち出されます。」政府に対してそのような政策をとること求めますが、「親の会」は感情的な圧力団体のように受け取られたりしました。バンクミケルセンは「親の会」の要望・願いに心から共鳴し、プライベートの立場で協力します。「親の会」の要望が、国の政策となり法律化するように、社会省への要請を文章にしました。このときにノーマライゼーションという言葉が使われました。「親の会」から1953年に社会大臣に覚書として提出されました。そして1959年に「ノーマライゼーション」という言葉が使われた法律(社会省令)が制定されました。親の会の要望がノーマライゼーションという用語・理念によって世界を変える力となっていったのです。
「ノーマライゼーションとは、イクォーライゼーションであり、ヒューマニゼーションです。」
「ノーマライゼーションとは、難解な哲学ではなく、…ごく当たり前の考え方で、もし自分がその立場になったらどうあってほしいかを考えれば、そこから自然に導き出される答えです。」
「一体、何を基準にして“異常”というのでしょうか。人間について考えるとき“正常”と呼ばれるものが、はたしてあるのでしょうか。数量的な平均値から偏倚していることは逸脱ではないのです。障害は現在の社会のありようの中ではハンディキャップとなっても、アブノーマルではありません。」
「障害があるからといって、社会から阻害され差別される理由はないのです。たとえ身体的あるいは知的な障害があっても、彼は一個の人格を持ち、障害がない人と人間として何ら変わりはないのです。障害がある者が、社会で日々を過ごす一人の人間としての<生活状態>が、障害のない人々の<生活状態>と同じであることは、彼の権利なのです。ですから可能な限り同じ条件のもとに置かれるべきです。そのような状況を実現するための生活条件の改善が必要です。それを表現する言葉として、『ノーマライゼーション』という語を用います。彼らの人としての権利が実現するような社会の状態をつくりだしていかなければならないのです。」
変わらなければならないのは社会であり、ノーマライゼーションは当たり前の考え方なのです。しかし、「親の会」の努力も凄ければ、バンクミケルセンの係わり方も立派ですね。それと、デンマークといえば福祉国家といわれますが、福祉社会を目指して国と国民が熱心に努力したからこその結果なのでしょう。また、歴史的に醸成された国民性・精神構造などが福祉国家を目指す底流にあったのでしょう。「個人の尊厳」「自立」「個人の選択の尊重」「平等」「連帯」という価値観が行動に移されていっているのは、素晴らしい事ですね。
3.ノーマライゼーションの歴史
ノーマライゼーションという言葉は、日本語で言い換えにくいそうですと、はじめにで書いておりましたが、続きが遅くなっている間に(すみません)、言い換え語が発表されました。等生化・福祉環境作りと言うそうです(国立国語研究所)。ノーマライゼーションと言うか、等生化・福祉環境作りと言うかは、使いやすいほうにと言うことでしょうが、この「考え方」が当たり前になればいいですね(意味説明として、障害のある人も、一般社会で等しく普通に生活できるようにすること、「等しく生きる社会の実現」とありました)。 ノーマライゼーションの歴史と言うことで、次にベンクト・ニィリエ「ノーマライゼーションの原理・育ての父」について触れさせていただきます。
福祉住環境コーディネーターの教科書によれば次のように紹介されています。
B・ニルジェは、知的障害者のライフスタイルとしてのノーマライゼーションについて、以下の内容を基本として普通の生活実現を提起したが、この内容は知的障害者のみならず、痴呆性高齢者や障害者等の要援護者にも適用できる考え方である。
◎ 起床、衣服着脱、食事、就寝等の一日のリズム。
◎ 異なる環境での家庭生活、余暇等を楽しむ一週間のリズム。
◎ 休暇への参加を含む一年のリズム。
◎ 幼児期、青年期、成人期、老年期におけるライフスタイルの保障。
◎ 自己決定権の保障。
◎ 結婚する権利も含め、異性との交際等の保障。
◎ 労働における差別、偏見を除去し、公平な賃金保障。
◎ 学校や施設における一般的な基準に基づく標準的な環境保障。と紹介されています。
一日のノーマルなリズム、一週間のノーマルなリズム、一年間のノーマルなリズム…とノーマライゼーションの原理を八つの側面から説明しています。
ベンクト・ニィリエの著書「ノーマライゼーションの原理 普遍化と社会変革を求めて」は、現代書館から、河東田博、橋本由紀子、杉田穏子、和泉とみ代訳編で出版されていますので、御著書を拝読したほうがよくわかると思います。ベンクト・ニィリエの労作を架け橋のように素晴らしく翻訳・紹介された著書を私なりに引用させてもらいます(拾い読みのようになってすみません)。
「ノーマライゼーションの原理の意味するところは、全ての知的障害者に、社会の普通の環境や生活様式にできるだけ近い生活のパターンや日常の生活の状態を入手可能にすることである。」
「私は、1961年の夏に、FUB(スウェーデン知的障害児童・青少年・成人連盟)のオンブズマンとして出発した。同時にカール・グルンネワルドは、スウェーデンの医学顧問、後には、社会庁の知的障害者部門の部長としての仕事を始めた。そして私たちはすぐに協力しあうことになった。…カール・グルンネワルドは、新しい心理学的、発達学的、そして社会学的な洞察力を駆使して、ダイナミックで教育学的、そして、人道主義的な研究法を編み出していった。そしてそれは、変化をもたらす強い風潮を生み出していった。彼は単に省庁内で仕事をこなしただけでなく、施設を活性化させたり、施設をよりふさわしいノーマルな環境にしていく計画促進の必要性と働きかけを強調した彼の調査報告に関心をもったメディア通して、外部に、つまり一般の人々に対しても働きかけていったのである。」
「変化をもたらす強い風潮」これを生み出すと言うのはすごいですね。能動的にかかわると言うのは力のいることですから、すばらしいですね。
「スウェーデンにおいては、中軽度の知的障害で、16~25歳の青年や若者のための社会生活トレーニングプログラムがスタートしたばかりである。アヴェドン博士が1963年にスウェーデンを訪問したのが契機となり、彼の原理が今ではかなり実用化されている。また、青年期の若者に対する周りの大人の態度が重要であるという認識が、トレーニングプログラムや余暇活動を通して高まったことも重要な要素である。…
私たちは、これら全ての活動を通して、実際的な社会生活トレーニングが大変重要であることを確信した。買い物の仕方、スーパーマーケットやセルフサービスのカフェテリアでの対応、タクシーの乗り方、メニューから注文する方法など、まず初めに個別のトレーニングが必要である。たとえ字が読めなくても、大人の振る舞い方をすることが、青年期の若者は大切だと思っている。経験不足を感じ、より豊か経験や能力向上を求め、毎日の生活において他と同等の立場に立ち、技術的に完全に社会に統合することが彼らの切なる要望である。
また、親にたいしても、プログラムの意味や効果を説明し、理解を得ることが必要である。」
プログラムとして社会生活トレーニングが行われていると言うことが大事ですね。また、自己決定能力を高めるためのトレーニング、自己主張のための社会生活トレーニングにまで進んでいることが、原理の適用としてさすがですね。「ノーマライゼーションは、ゴールであるとともに過程であり、手段であるとともに目的である」これが等生化ですね。終わることなき生成発展ですね。
「知的障害者は、その障害故に、自己のために発言することが困難で障害者の中でも最も重度の障害と見なされてきたため、彼ら自身が、自己主張実現への道を歩みだすことができれば、今まできわめて無視されてきたノーマライゼーションの側面を実現することになるだろう。声なき人々の発言権を強めることは、他の障害をもつ人や価値が低いと見なされてきた人々の発言権をも強めることになり、専門家や知的障害者自身、あるいはその親たちだけでなく、社会の他のグループの人々にも大きな影響を及ぼすであろう。デンマークやスウェーデンでは、法の制定を受けて知的障害者の親たちが得た発言力と同様に、知的障害者自身の発言力を強くする基盤をつくり上げようとする策がとられている」
「最も弱く、社会から逸脱した価値のない人たちだと思われてきた知的障害を持つ人々の自己決定の問題を解決することができれば、私たちは、彼ら以外の価値が低いと見られてきた人たちや他の障害をもつ人たちに、有意義でその社会にあったあたり前の自己決定を保障することのできる新しい社会を作ることができるであろう。そうすれば、知的障害をもつ人々以外の障害をもつ人々の生活条件をごく普通にすることができ、生活の質を向上させることにもなる。自己決定の権利が知的障害を持つ人々に尊重されないなら、他の多くの人々に対しても、この権利は尊重されることはない。」
民主主義とは多数派によって意思決定されるものですが、少数派の意見も傾聴されるべきです。おざなりのヒヤリングという手続きを踏むというだけでは充分ではないでしょう。また、権利はあるというのではなく、主張されてこそ権利です。機会は均等であるべきです。意思決定のための情報も平等であるべきです。多数、強者によって黙殺、圧殺されるような社会は、弱さ・恥部を秘めているからでしょう。誰もが等しく尊重されるのでなければ民主的な社会とは言えず、弱くもろい社会です。自立した個人の尊厳は守られるべきです。矛盾噴出というのは誤魔化しのある社会、虚構の社会、幻想の情報でつくられた社会なんでしょうね。戦争もそうですけど、人間を軽く見る社会って嫌ですね。
デンマークのバンクミケルセン、スウェーデンのベンクト・ニィリエ、ノーマライゼーションを単なる理念でなく、法的に具体化して言ったということが凄いですね。偉人伝として絵本になっているのかな?
4.ノーマライゼーションの発展
ノーマライゼーションの父・バンク-ミケルセン、ノーマライゼーション育ての父・二ィリエを紹介してきましたが、思想の提唱者、原理の体系化にとどまらず、成文化していったことが、凄いことですね。デンマークにおいては、1959年に「知的障害者及びその他の発達障害者の福祉に関する法律」としてノーマライゼーションの言葉・理念が成文化されました。スウェーデンにおいては、1967年に「知的障害者援護法」が制定され、ノーマライゼーションの理念が組み込まれました。運動の中から制定されていった、と言うのが権利としての法律としてすばらしいですね。援護法の歴史的意義は、『全員就学を制度的に確立した点(「場の統合」を中心とした教育の場における統合もあわせて検討されるようになった)であり、居住環境の質的改善(グループホームの試行・小グループ制・個人処遇プログラムなど入所施設中心の処遇の見直し)、「保護」から「援護」へという知的障害者福祉の新しい概念を提示した』点にあると言われています。ノーマライゼーションと言う理念は脱施設化というだけでなく、人権思想として発展していきました。
国際連合においては、1948年に世界人権宣言が採択され、1959年に児童権利宣言が採択されました。児童権利宣言では、児童の社会保障享受の原則、障害児が必要とする治療、教育、保護提供の原則を明らかにしました。
1971年には、「知的障害者の権利宣言」が採択されました。人権思想の系譜と言うより、この中にはノーマライゼーションの思想が反映されています。
「可能な場合はいつでも、知的障害者はその家族又は里親と同居し、各種の社会生活に参加すべきである。知的障害者が同居する家族は扶助を受けるべきである。施設における処遇が必要とされる場合は、できるだけ通常の生活に近い環境においてこれを行なうべきである。」「知的障害者は、適当な医学的管理及び物理療法並びにその能力と最大限の可能性を発揮せしめ得るような教育、訓練、リハビリテーション及び指導を受ける権利を有する。」「知的障害者は経済的保障および相当な生活水準を享有する権利を有する。また、生産的仕事を遂行し、又は自己の能力が許す最大限の範囲においてその他の有意義な職業に就く権利を有する。」
「自己の個人的福祉及び利益を保護するために必要とされる場合は、知的障害者は資格を有する後見人を与えられる権利を有する。」
「知的障害者は、搾取、乱用及び虐待から保護される権利を有する。犯罪行為のため訴追される場合は、知的障害者は正当な司法手続に対する権利を有する。ただし、その心神上の責任能力は十分認識されなければならない。」
「重障害のため、知的障害者がそのすべての権利を有意義に行使し得ない場合、又はこれらの権利の若干又は全部を制限又は排除することが必要とされる場合は、その権利の制限又は排除のために援助された手続はあらゆる形態の乱用防止のための適当な法的保障措置を含まなければならない。この手続は資格を有する専門家による知的障害者の社会的能力についての評価に基づくものであり、かつ、定期的な再検討及び上級機関に対する不服申立の権利に従うべきものでなければならない。」
自己決定と社会参加といっても、社会も変わらなければならないでしょうし、参加するにも援護・支援も必要となるでしょうね。
1975年には、「障害者の権利宣言」が議決されました。
「障害者は、その人間としての尊厳が尊重される生まれながらの権利を有している。障害者は、その障害の原因、特質及び程度にかかわらず、同年齢の市民と同等の基本的権利を有する。このことは、まず第一に、可能な限り通常のかつ十分満たされた相当の生活を送ることができる権利を意味する。」
「障害者は、他の人々と同等の市民権及び政治的権利を有する。知的障害者の権利宣言の第7条は、知的障害者のこのような諸権利のいかなる制限又は排除にも適用される。」
「障害者は、可能な限り自立させるよう構成された施策を受ける資格がある。」
「障害者は、補装具を含む医学的、心理学的及び機能的治療、並びに医学的・社会的リハビリテーション、教育、職業教育、訓練リハビリテーション、介助、カウンセリング、職業あっ旋及びその他障害者の能力と技能を最大限に開発でき、社会統合又は再統合する過程を促進するようなサービスを受ける権利を有する。」
社会的リハビリテーションと言うように、リハビリテーションの言葉が出ていますが、1972年の第12回世界リハビリテーション会議で、医学的リハビリテーションに加えて教育的・社会的・心理的・職業的分野とも総合的に体系化することが明示されました。「総合リハビリテーション」として、単なる機能回復に限らず障害者の全人的復権と考えられています。個人の身体機能の維持回復や人間的発達を阻む要素が社会の側にあれば、そのような社会自体をも変革することも広く社会的リハビリテーションとして考えられてきています。変わらなければならないのは社会なんですね。
また、国際連合は、国際障害者年(1981年)のテーマである「完全参加と平等」の趣旨をより具体的化するため、1982年「障害者に関する世界行動計画」を採択するとともに、この計画の実施を推進するため、1983年から1992年までの10年間を「国際・障害者の十年」と宣言し、各国において行動計画を策定し、障害者の福祉を増進するよう提唱しました。そして「アジア太平洋障害者の10年・二次」に引き継がれました。「障害者の権利及び尊厳を促進・保護するための包括的・総合的な国際条約」制定への動きもあります。
「国際障害者年行動計画」には、「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の異なったニーズを持つ特別な集団と考えられるべきではなく、その通常の人間的なニーズを満たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである。」とあります。1970年代以降のアメリカでの自立生活運動ともあいまって、地域での生活、社会参加が言われますが、自己決定・社会参加であるなら、政策形成過程にも参加し、意見が反映されるシステムを持った社会でなければならないのではないでしょうか。自由な行動・アクセス、コミュニケーションの手段も確保されなければならないでしょう。
1991年、第46回国連総会において採択された「高齢者のための国連原則」を促進し、これを政策及び実際の計画・活動において具体化するため、1999年を国際高齢者年とする決議が採択されました。この原則は、高齢者の「自立」、「参加」、「ケア」、「自己実現」、「尊厳」を実現することを目指しています。テーマは「すべての世代のための社会をめざして」です。高齢の障害者もおられるわけですから、福祉の思想としてのノーマライゼーションと言うのは、等生化、共生のための社会の原理なのですね。
1993年に国連総会で採択された「障害者の機会均等化に関する標準規則」には、障害児の教育は原則として統合教育であると宣言しています。「社会のあらゆる側面における障害を持つ人々の積極的かつ完全なインクルージョンと、国連の主導的役割」という決議もされました。1994年6月に、スペインのサラマンカでユネスコによる「スペシャルニーズ教育に関する世界会議」が開催されました。「サラマンカ宣言」には、「インクルーシヴな志向をもつ通常の学校こそが、差別的な態度と闘い、全ての人を喜んで受け入れる地域社会を創り、インクルーシヴな社会を建設し、万人のための教育を達成するもっとも効果的な手段である」と明言されています。統合教育(インテグレーション)は、二元論的発想で子どもを障害のある子どもとない子どもというグループに分け、障害のある子を、ない子のメインストリームに合流させようとする考え方であり、インクルージョンは、子どもは一人一人皆個性を持ったユニークな存在であり、各自異なっていることが当たり前であり、すばらしいことなのだという基本理念に立って、すべての子どもを包みこむ(inclusive)教育システム(一元論)の中で、特別な教育的ニーズに対応していこうとするものです。インクルージョンの概念では、障害児(者)だけでなく、学習障害児(LD)、不登校児、学習の遅れがある子、また逆に英才児なども含まれる事が、これまでの考え方と大きく異なる点です。特別・個別のニーズに対応する教育、差異・個性を包み込む教育があるだけで、障害児教育というのもふさわしくないかもしれませんね。特殊というのも特別のニーズに見合ったということですよね。インクルーシヴな地域社会、包み込む社会、排除しない社会、共に地域で生きる、共生社会での自立。等生化ですね。
5.ノーマライゼーションの展開
戦前のわが国では、「母子保護法」(昭12年)、司法保護法(昭14年)、国民優生法(昭15年)など、富国強兵策の中で福祉の立法もされた。
民間の篤志家といわれる方々のご努力には崇高な理想と行動があり、暖かい地域、温もりのある心を本当に感じます。
国家が無視しても、見捨て置けない、止むに止まれぬ気持ちに突き動かされた人々が多くおられたことに感動します。
孤児院・救貧院等を設立された社会事業家・福祉事業家がおられました。
弱きもの、小さきもの、少数者として無視されるものを、守ろうとする有難い心を持った先駆者により、社会が育ててくれたと言う、今で言う共生ですね。
戦後のわが国の憲法25条には「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上に努めなければならない」とされ、基本的人権の文脈の中に「社会福祉」という言葉が登場しました。(昭25)年、総理府の社会保障制度審議会はイギリスの福祉国家をモデルにした包括的な社会保障制度の勧告(いわゆる50年勧告)をした。そして1962(昭37)年には、「社会福祉は事業採算本位に運営されてはならず、原則として受益者に費用を負担させるべきではなく、国と地方公共団体が負担するべきである」とした(62年勧告)。財政的に上向きの時なら言えただけか?
1949年に「身体障害者福祉法」、1951年に社会福祉事業法(措置制度のサービス提供)、1960年に「精神障害者福祉法」(現・知的障害者福祉法)、1970年に「心身障害者対策基本法」、1993年に障害者基本法、1995年に「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)」が制定されました。
1993年の「障害者基本法」には、ノーマライゼーションの思想が反映されています。
1995年には19省庁合同で障害者対策推進本部を設置し、「障害者プラン~ノーマライゼーション7ヵ年戦略」を策定しました。7つの視点から施策の重点的推進を図る。
1. 地域で共に生活するために
2. 社会的自立を促進するために
3. バリアフリー化を促進するために
4. 生活の質(QOL)の向上を目指して 5. 安全な暮らしを確保するために
6. 心のバリアを取り除くために
7. わが国にふさわしい国際協力・国際交流を
と、ノーマライゼーションを語りつつ
1997年、中央社会福祉審議会に社会福祉構造改革分科会が設置され、1998年に中間まとめが発表されました。「増大する費用の公平かつ公正な負担」等が改革の基本的方向なのだそうで。そして、2000年に「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律」が制定され、福祉8法が改正され、社会福祉事業法も社会福祉法に改題されました。「措置から契約へ」支援費制度への移行です。行政が行政処分としてサービス内容を決定する措置制度から、利用者が契約の当事者となり事業者と対等な関係に基づきサービスを選択する利用制度になったそうです。行政のすり抜け?利用者の立場に立った社会福祉制度の構築だそうで、今までは何してきたのでしょうかね?サービスの選択は自己決定ということで、めでたしめでたしてなモノでしょうが、支援費制度そのものを自己決定したのかな?運用は如何?「社会福祉分野における日常生活支援事業に関する検討会」から「社会福祉分野における権利擁護を目的とした日常生活支援について」が発表され、成年後見制度に付き「自己決定の尊重、残存能力の活用、ノーマライゼーション等の新しい理念を踏まえた、柔軟かつ弾力的な利用しやすい制度に改めるべく、見直しの検討」がされました。また、痴呆性高齢者、知的障害者、精神障害者など判断能力が不十分な者が自立した地域生活を送れるよう福祉サービスの利用援助を行う「地域福祉権利擁護事業」、生活支援員も始まりました(1999年)。自己決定のサポートが必要なら、相談に行きましょう。2000年には、民法の一部を改正する法律により、はじめにでも述べた新しい成年後見制度がスタートしました。精神上の障害(痴呆・知的障害・精神障害・自閉症等)により判断能力(事理弁識能力)が不十分なもののうち、保佐・後見の程度に至らない軽度の状態にある者を対象にした「補助」の制度や、「任意後見制度」が新設されました。自立生活支援の権利擁護のためにも、変わらなければならないのは社会なのでしょうね。
少子化社会への対応としては、1994年のエンゼルプラン、1999年の新エンゼルプランがあります。
1973年は「福祉元年」ともいわれるようになったが、老人医療の自己負担撤廃、さらに高齢者年金額の引き上げと物価スライド制を導入した。1970年に65歳以上の 東京都 民に、「老人医療費無料化制度」を打ち出したことで、危機感に駆られた自民党政府がこれを追認する形で実施したとも言われていますが、実際にはこの年、オイルショックにより、それまで右肩上がりの急成長を遂げてきた日本経済にかげりが見え始めてきていたようです。バブル(グリーンピア:公的年金の積立金を使い、旧厚生省の計画に基づいて全国13か所に建設された大規模保養施設)もバブルの崩壊(グリーンピア売却・撤退…ツケまわし)も経験した今は福祉紀元前に逆戻りってとこなのかな?国民の自己決定ということなのでしょうが、理念・思想なき、或いは言葉のみは理念で飾った施策というのは脆い物ですね。
1989年に、大蔵、厚生、自治3大臣合意で、「高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略(ゴールドプラン)」が策定され、1990年には老人福祉法も改正され、1994年には「高齢者保健福祉推進10ヵ年戦略の見直し」で「新ゴールドプラン」が策定され、2000年度からは、5カ年計画で「ゴールドプラン21」がスタートしました。2000年より社会保険としての介護保険制度が登場し、「介護の社会化」が一応の達成を見たそうです?へー。
利用者本位、自立支援の理念だと言ってます。支えあう地域社会の形成、利用者から信頼される介護サービスの確立と宣ってます。国の行政サービス・システムではなく、地域が低くサービスが遅れているかのような、問題のすり替えのような…?今まで血税をどう使ってきたのかな、これからも血税・社会保険料をちゃんと使えるのかな。その点の反省評価はないんですかね?「支えあうあたたかな地域づくり」言葉はいいですね。
強権政治により弱者切り捨ての「障害者自立支援法」等の官僚全体主義の行政がまかり通りました。その解説をどうしても書きたくなくて、止まっていました。見直しがされるそうですが、江戸時代や戦前の良き日本では、「友愛」と言われてもピンと来るものはなかったでしょう。隣人愛のほうがまだピンときます。「相互扶助精神」、助け合いの心を取り戻してほしいと思います。
クロポトキン博士(1842~1921、ロシア)によって、
産業革命後の自由競争の行き過ぎを反省した『相互扶助論』が著されています。
生存競争による生物の進化・弱肉強食・自然淘汰の考え方、
特に人間社会への適用に疑問をもち、
「競争は掟ではない。それは例外的な時期の動物間に限られている」
「相互扶助と相互支持による競争の排除によって、よりよい状態が創り出される」
と述べています。
ウマ科の動物の共同防衛行動など、動物社会における相互扶助の事例を挙げ、
続いて、人間の「村落生活における相互扶助の習慣」の例を挙げて説明しています。
6.強き世の中に
アメリカなどでは、「社会福祉」という用語として、ウェルフェア(welfare)は経済的困窮者を中心に対処するサービスだけのように一般的に受け止められているそうです。しかし、もっと積極的に全ての国民の幸福・健康としての自己実現や人権を社会的に保障すべく、所得保障や生活保障のサービスはもとより、人間的な生活実現に向けた、ソーシャルワークの理念に基づく事業や活動を示す用語として、ウェルビーイング(well-being)が使われるようになってきました。事後処理的な対応から人権の尊重・自己実現へ。
たとえ何らかの疾患や障害があろうとも、住み慣れた地域や自宅で安心して暮らしたい、地域社会での自立生活や自己実現を目指すことが福祉本来の考え方でしょう。そのためには、個人と環境との不適合を調整することが必要でしょう。自宅で閉じこもっているのでは意味がないですものね。
アメリカでは1961年に世界で最初のバリアフリーデザイン基準「アクセシビリティ(近づきやすさ)とユーザビリティ(利用しやすさ)基準」が策定されました。その後1968年に「建築バリア法」が成立し、連邦施設のバリアフリー化が始まりました。1990年にはADA法(障害を持つアメリカ人法)が制定され、入り口に段差があるだけで建物にアクセスできないことも、ADA法では差別として捉えています。障害者が社会に参加する権利を保障するためです。障害者は法の下で平等な権利を持ち、差別に対しては苦情申し立て、訴訟する法的基盤を持っているとされています。
日本では1990年代に地方公共団体の福祉のまちづくり条例、国の「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律(ハートビル法)」(1994年)が制定され、2000年には「交通バリアフリー法」が制定されました。2001年には「高齢者居住法」が制定されています。地域福祉・リハに向け、交通アクセス・住環境の整備の対応が必要ですね。
前述のADA法の制定を契機としてロナルド・メイスらが、ユニバーサルデザインの考え方を提唱しました。ユニバーサルデザインは、「全ての人が人生のある時点で何らかの障害を持ちうる」と言う発想に立ちます。バリアフリーデザインは、すでにある製品やサービス、施設が「使いづらい」と言うバリア(障壁)を取り除く(フリー)と言う発想です。一方ユニバーサルデザインは、予め多様な使い手の身体的能力や心理、使用環境などを想定してデザインする提案型のデザインです。障害の有無、年齢、性別、国籍、人種等に関わらず多様な人びとが気持ちよく使えるように予め都市や生活環境を計画する考え方です。車椅子が通りやすいスロープは乳母車も通りやすいと言うことです。可能な限り普遍化された誰もが使い易いデザインを市民社会に定着させることによって、障害のある人の人権を獲得していこうとする手法です。ノーマライゼーションを当たり前にですね。情報化技術にも適用できます。音声入力などです。
「共にいき、共に生かし合い、個性を活かす社会へ」の変容のための理念・行動原理がノーマライゼーションですが、変わらなければならないのは社会ですよね。個人の尊厳はそのままで尊重されるものですよね。
「国際障害者年行動計画」には、「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の異なったニーズを持つ特別な集団と考えられるべきではなく、その通常の人間的なニーズを満たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考ええられるべきなのである。」とあります。
全てを包み込める強い世の中であってほしいですね。